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東京地方裁判所 昭和52年(特わ)1303号 判決

(被告人)

(一)本店所在地

東京都新宿区百人町二丁目二番四〇号

(トヤマコーポラス三〇四号)

三同興産株式会社

(右代表者代表取締役佐藤成雄)

(二)本籍

東京都杉並区宮前五丁目一二番

住居

東京都杉並区宮前五丁目一二番九号

会社役員

佐藤成雄

大正九年七月一日生

右両名に対する法人税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官江川功、弁護人浅見昭一(主任)、同土肥倫之出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告会社三同興産株式会社を罰金八〇〇万円に、被告人佐藤成雄を懲役八月にそれぞれ処する。

被告人佐藤成雄に対し、この裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告会社及び被告人佐藤成雄両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社三同興産株式会社は、東京都新宿区百人町二丁目二番四〇号に本店を置き、不動産の売買等を目的とする資本金五〇〇万円の株式会社であり、被告人佐藤成雄は、同会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人佐藤は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、売上原価を水増しして架空の借入金、未払金を計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が六、六二七万三、一六七円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同四九年五月三一日、同都新宿区北新宿一丁目一九番三号所在の所轄淀橋税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が八二一万三、三五〇円でこれに対する法人税額が三三一万七、四〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額三、五一九万三、四〇〇円(税額の計算は別紙(二)税額計算書参照)と右申告税額との差額三、一八七万六、〇〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

(甲、乙番号は検察官証拠請求番号をそれぞれ示す)

判示事実全般にわたり

一、東京法務局登記官作成の各登記簿謄本(乙17、甲175)

一、収税官吏の被告人に対する各質問てん末書一二通(乙1ないし10、20、21)

一、被告人の検察官に対する各供述調書六通(乙11ないし16)

一、佐藤成雄作成の上申書(乙23)

一、第一回、第一八回、第一九回、第二〇回、第二一回、第二二回、第二三回、第二四回、第二七回、第三〇回各公判調書中の被告人の供述部分

一、被告人の当公判廷の供述

一、収税官吏の佐藤千代子に対する質問てん末書(甲83)

一、第九回公判調書中の証人木場嶋男の供述部分

一、第六回ないし第八回各公判調書中の証人丹羽忠明の供述部分

一、第一〇回公判調書中の証人高崎健二の供述部分

一、第一四回、第一五回各公判調書中の証人黒河重視の供述部分

一、第一一回公判調書中の証人中津正昭の供述部分

一、第一四回公判調書中の証人辺見憲二の供述部分

一、第二六回公判調書中の証人吉野礼恭の供述部分

一、第二八回公判調書中の証人高橋秋雄の供述部分

一、第二九回、第三〇回各公判調書中の証人岩城重利の供述部分

一、第三一回公判調書中の証人青野伝、同大塚邦夫の各供述部分

一、第三二回公判調書中の証人谷戸英雄の供述部分

一、収税官吏の増田俊男に対する昭和五〇年九月一一日付質問てん末書(甲104)

一、協定書及び覚書の写(甲105)

一、三同興産(株)の法人税の修正申告書(48/3期)写(甲107)

一、右同(49/3期)写(甲108)

一、佐野周二作成の報告書(甲127)

一、捜査事項照会とその回答書(甲128、129)

一、右同 (甲130、131)

一、右同 (甲132、133)

一、冨樫政志作成の回答書(甲134)

一、木場嶋男作成の「三同興産株式会社への土地代金支払の明細について」と題する書面(甲135)

一、大塚恵作成の上申書(甲136)

一、法務省入国管理局登録課長作成の出帰国記録照会について(回答)(甲165)

一、淀橋税務署長作成の証明書(甲167)

一、検察官江川功作成の報告書(甲171)

一、電話聴取書(甲172)

一、捜査関係事項照会に対する回答書(甲179)

一、右同 (甲180)

一、不動産売買契約書(写) (甲181)

一、鈴木紀夫作成の事件受理状況一覧表と題する書面(甲182)

一、検察官江川功作成の捜査報告書(甲183)

一、電話聴取書二通(甲184、185)

一、押収してある法人税確定申告書一綴(当庁昭和五二年押第二一八七号符1。以下符番号のみを示す)、同一綴(符2)、総勘定元帳(第三期)一綴(符3)、静岡県函南玄嶽地区第一回買付契約書綴一綴(符4)、契約書一綴(符5)、〈買〉契約書一綴(符6)、不動産売買契約書一綴(符7の1)、仮土地売買契約書一枚(符7の2)、不動産目録一綴(符7の3)、支払予定表(一綴)一袋(符8)、法人税申告書等(三同興産)一綴(符9)、会計伝票(48・4~49・3)八綴(符10)、取引成立台帳一綴(符11)、不動産取引一覧表(玄嶽)一袋(符12)、領収証等一袋(符13)、契約領収証綴一綴(符14)、登記済証(千歳市)等一綴(符15)、債権放棄書(二葉在中)一袋(符16)、賃金台帳(47/4~49/12)一綴(符17)、印鑑(九個在中)一袋(符18)、オンライン普通預金通帳(二冊在中)一袋(符19)、ハートの総合口座通帳一冊(符20)、書簡(三枚在中)一袋(符21)、株式会社育英社分法人税の修正申告書(49/6期)一綴(符23)、不動産売買契約書一綴(符24)、前同一綴(符25)、領収証一枚(符26の1)、前同一枚(符26の2)、不動産取引一覧表一袋(符27)、約定書等一袋(符28)、総勘定元帳一綴(符29)、不渡手形等一袋(符30)、手帳一冊(符31)、函南地区交換関係書類一袋(符32)、前同各一綴(符33、34)、函南町関係書類一袋(符35)、事業計画概要書写等一袋(符36)、領収証一枚(符37)、総勘定元帳一綴(符38)、土地売買契約書等一袋(符39)、函南関係綴一綴(符40)、試算表(49/3)一綴(符41)、会計伝票各一綴(符42の1ないし42の10)、振替伝票等一袋(符43)、営業日誌一綴(符44)、試算表(50/3)一綴(符45)、試算表等(47/3)一綴(符46)、出勤簿一綴(符47)、確定申告書等(東宝開発興業(株))一綴(符48)、会社略歴等一袋(符49)、社員名簿等一袋(符50)、分譲計画関係書類一綴(符51)、契約書等一綴(符52)、試算表損益計算書(金鉄砂)一綴(符53)、土地売買契約書一袋(符54)、法人税確定申告書等一綴(符55)、引渡書等一袋(符56)、総勘定元帳一綴(符57)、金銭出納帳一冊(符58)、会計伝票((株)三恵)各一綴(符59の1および2)、三恵諸届綴一綴(符60)、法人税確定申告書(50/3)一綴(符61)、預り書一袋(符62)、領収証等一袋(符63)、社員名簿一綴(符64)、契約書等(三綴在中)一袋(符65)、青色申告書提出の承認申証書(一枚在中)一袋(符66)、領収証綴(自四八年四月一日至四九年三月三一日)一冊(符67)、伝言ノート一冊(符70)、受信簿一冊(符71)、領収証綴一冊(符72)、権利証書一冊(符73)、出張旅費精算書綴一綴(符74)、領収書綴(育英社)一綴(符75)、当座預金伝票綴一綴(符76)

判示事実添付の別紙(一)修正損益計算書に掲げる各科目別当期増減金額欄記載の数額について

<売上高〈1〉>

一、収税官吏黒河重視作成の査察官調査書(甲1)

一、第九回公判調書中の証人木場嶋男の供述部分

一、佐藤成雄作成の昭和五〇年一〇月九日付上申書(甲47)

一、総勘定元帳(第三期)一綴(符3)

<期首商品〈2〉>

一、佐藤成雄作成の昭和五〇年一〇月九日付上申書(甲47)

一、収税官吏黒河重視作成の査察官調査書(甲4)

<仕入〈3〉>

一、収税官吏の王月明に対する昭和五一年二月二一日付、同年一月一二日付各質問てん末書(甲6、12)

一、収税官吏の増田俊男に対する昭和五〇年六月一一日付、同年四月一八日付、同年三月二五日付、同年八月二三日付各質問てん末書(甲68、69、70、163)

一、佐藤成雄作成の昭和五〇年一二月六日付上申書(甲8)

一、池田和悦の検察官に対する供述調書(甲9)

一、三谷繁雄の検察官に対する供述調書(甲48)

一、第五回公判調書中の証人香川治義の供述部分

一、香川治義の検察官に対する供述調書(甲67)

一、収税官吏の中村重人に対する昭和五〇年一〇月一六日付質問てん末書(甲49)

一、香川治義の検察官に対する昭和五二年四月二六日付供述調書(甲67)

一、第九回公判調書中の証人木場嶋男の供述部分

一、総勘定元帳(第三期)一綴(符3)

一、収税官吏の被告人に対する各質問てん末書四通(乙3、6、7、8)

一、被告人の検察官に対する各供述調書四通(乙12、13、14、16)

<給料手当〈5〉>

一、収税官吏黒河重視作成の昭和五〇年一一月九日付査察官調査書(甲50)

一、総勘定元帳(第三期)一綴(符3)

一、収税官吏の岩城重利(抄本)、大塚東一(抄本)、坂上教一、谷戸英雄に対する各質問てん末書(甲76ないし79)

一、坂上操作成の上申書(甲80)

一、収税官吏の江頭寿美枝に対する質問てん末書(甲81)

一、収税官吏の佐藤檀に対する質問てん末書(甲82)

一、収税官吏の佐藤千代子に対する質問てん末書(甲83)

一、賃金台帳(47/4~49/12)一綴(符17)

<旅費交通費〈9〉>

一、収税官吏黒河重視作成の昭和五一年二月二〇日付査察官調査書(甲51)

<手数料〈18〉>

一、佐藤成雄、増田俊男両名作成の昭和五〇年一二月二日付上申書(甲19)

一、収税官吏の増田俊男に対する昭和五〇年三月二五日付、同五一年一月一〇日付各質問てん末書(甲70、71)

一、収税官吏の被告人に対する質問てん末書(乙6)

一、第一〇回公判調書中の証人高崎健二の供述部分

一、第一四回公判調書中の証人邊見憲二の供述部分

一、総勘定元帳(第三期)一綴(符3)

<諸税公課〈24〉>

一、収税官吏黒河重視作成の昭和五一年一月一四日付査察官調査書(甲52)

<受取利息〈29〉>

一、収税官吏黒河重視作成の昭和五〇年一一月二一日付査察官調査書(甲25)

<雑収入〈30〉>

一、収税官吏黒河重視作成の昭和五〇年一一月二六日付査察官調査書(甲26)

一、収税官吏の勝間勝に対する昭和五〇年一〇月二三日付質問てん末書(甲53)

一、総勘定元帳(第三期)一綴(符3)

一、収税官吏の井上昶に対する質問てん末書(甲72)

別紙(一)修正損益計算書に掲げた各公表金額及び過少申告の事実について

一、押収してある被告会社の昭和四九年三月期法人税確定申告書一綴(符2)

(争点に対する判断)

弁護人は被告会社の給料手当、旅費交通費、手数料(未払費用)、受取利息に関する検察官の主張を争うとともに、被告会社には特別損失金があるから、これを損金算入すれば課税所得は殆ど発生しないし、また、函南町黒嶽地区の土地売買関係については、右土地の取得と売却とが租税特別措置法第六三条(土地重課の規定)の適用日前に行われているので右規定の適用がなく、また、当期末資産勘定中には損金として控除すべきものがあり(損益修正)、更に被告会社に前期欠損金があるので、右繰越欠損金を控除すべきである。そうすると昭和四九年三月期の実際所得は欠損となる。加うるに、本件は顧問税理士の杜撰な会計処理と誤った税務指導に起因するものであるから、若し、正当な会計処理をしていたならば、被告人の各不正な会計処理は全く必要がなかったものである。以上のとおり、いずれにおいても本件は無罪である旨主張する(弁論要旨第一、第二、第三、第五。第二六回公判期日における弁護人の争点に関する釈明)。

よって当裁判所は右各争点につき、次のとおり判断を示すこととする。

(給料手当について)

一、弁護人は架空給料支払とされた金額のうち九四万円については、実際に支払っているからこれを認めるべきである旨主張する。所論は要するに、被告会社において岩城重利等五名に給料手当を支給した旨公表計上しているが、彼等は架空従業員ではなく、実際に被告会社の土地買収に関与し手伝いをした者であり、同人等に支払ったタクシー代や領収書の貰えない飲食代の代りに給与を支給したものであって、名目上は給料として手交してはいないが実際に費消している。従って、架空給料と算定された一八八万円のうち少なくとも二分の一を「機密費」として容認すべきであるというにある(弁論要旨第二、昭和五二年一二月九日付釈明書(二)第三項)。

二、被告人が当公判廷において右に沿う供述をなし(第一九回、第二三回、第二七回各公判調書中の被告人の供述部分)ている事実は認められるが、しかしながら、岩城重利、大塚東一、坂上教一、谷戸英雄及び坂上操らは、いずれも収税官吏に対し被告会社に雇用されたことはなく、被告人から給料を支払ったことに公表計上してあるから了承して貰いたいと依頼されたが給料は一切受領していない旨供述している(岩城重利外四名の質問てん末書等(甲76ないし80))。また被告人は、被告会社の事業計画のために岩城等が、東北地方の小岩井農場へ視察した際の費用として支出したものも含まれている旨供述するが、しかし、右費用分は、被告人の経営する別会社である株式会社総合畜産研究所の損金として支出されており(領収証綴(符72))、更に、同人等に支給したタクシー代については既に被告会社の簿外旅費交通費として認めている。

これらの事実に加え、被告会社自らも一八八万円の架空給料の存在を認めて修正申告をしている事実(修正申告書写(甲108))、査察調査、捜査段階における架空給料の支払の存在を認めた被告人の各供述(乙6、8、16)等を総合すれば、前掲被告人の公判廷の供述は単なる後日の弁疏に過ぎないものというべく到底信用できない。また、「機密費」なるものも税法上は交際費等に属するというべきであるが(租税特別措置法六二条四項参照)、被告会社において本件事業年度分に「交際費」等が支出されている事実が認められ(総勘定元帳(符3))、しかも既に法定の限度を超え二二万二、四九八円が損金不算入となっているのであるから(昭和四九年三月期確定申告書(符3))、畢竟、弁護人の主張は、自ら益金加算を申立てることとなり、それ自体において被告人の不利益な主張といわざるを得ないので所論は採用するに由ないといわざるを得ない。

(旅費交通費について)

一、弁護人は被告会社において簿外費用として被告人が事業上の必要から乗車したタクシー代が月額一〇万円、年間一二〇万円相当を支出していたから、検察官の主張額三六万円に加え右差額八四万円を更に控除されるべきである旨主張し、被告人も当公判廷において右に沿う供述をなしている。

二、被告人の供述によれば、右算定の根拠は、本件発覚後中津正昭税理士に依頼して自分の行動日誌から逆算して交通費を算定して貰ったところ月額大体一〇万円以上かかるということであったというのである(第一九回公判調書中の被告人の供述部分)。

しかるに、右中津証人は、当公判廷において国税局から提示された数額を前提にし被告人と相談して「大体これくらいはあるんではないかという話を、社長にし」て修正申告をした旨供述しており(第一一回公判調書中の証人中津正昭の供述部分)、右昭和四九年三月期修正申告書によれば、旅費交通費につき費用の加算として三六万円が計上されていることが認められる(昭和四九年三月期修正申告書写(甲108))。

更に、被告人も査察調査の段階において査察官に対し「会社に乗用車がありますが、………その料金はすべて公表の旅費交通費勘定に記載されていますが私用のため………時などハイヤーを使います。一回のハイヤー代は一、五〇〇円程度支払ってました。そうしますと一ケ月ハイヤーの使用回数は十回程度ですが十回をオーバーすることもありますので一ケ月二十回月額三〇、〇〇〇円のハイヤー代をみてもらえば充分です。前に何回も簿外経費はないと申してますが、この車代を認めてください、右申した以外に簿外の経費は絶対にありません。」と供述し(乙11問五答)、検察官の取調に際しても、交通費は、国税局で説明したとおり間違いない旨供述している(乙16)。

従って、被告人の前記公判廷における供述は、右各証拠と対比し検討すれば、その交通費算定の根拠が不明確であって信用できず、到底弁護人の主張を採用することはできない。

(未払手数料一、〇〇〇万円について)

一、弁護人は、被告会社において株式会社育英社(以下「(株)育英社」という。同種会社についても同じ。)との間に函南町山犬洞地区の土地買収交渉手続に対する仲介手数料として同社に一、〇〇〇万円を支払うとの約定があって右土地の買収手続が成立したが、被告会社としては昭和四九年三月期には(株)育英社代表者増田俊男に支払うべき資金がなかったために、増田との話合いで一、〇〇〇万円の債務を負担して未払手数料として公表計上したものであるから右金額を逋脱所得額から控除すべきである旨主張する(弁論要旨第二の五)。

二、そこで検討するに、被告人は当公判廷において、ほぼ弁護人の右主張に沿う供述をなし、また被告会社と(株)育英社との連名による上申書(甲19)によれば、被告会社が(株)育英社に対し未払手数料として一、〇〇〇万円を昭和四九年三月期の確定申告において計上したのは、売手側の仲介者となって成立した土地売買に対する手数料であるとされており、更に、右(株)育英社は本件事業年度後の昭和四九年一二月三〇日、右一、〇〇〇万円の仲介手数料債権を放棄する旨の書面を被告会社に対し差入れていること(被告人の検察官に対する昭和五二年五月一七日付供述調書(乙15)末尾添付の書面)等をみれば、一応弁護人の主張が容認し得なくもないもののようでもある。

三、しかしながら、増田は収税官吏に対し、右上申書の記載について、手数料というのは妥当でなく謝礼金と思うが、この土地を売買されたならば何パーセントを貰うという取決めをした訳ではなく、私の方から積極的に手数料として計算して請求できるものではない旨、更に、昭和四九年四月か五月頃に被告人から「あの土地が全部処分できるようになったから謝礼として出せると思うが今すぐ払えないが近々払うので自分の方は未払金勘定を起すから君の方は未収金として起してくれ」といわれたが、しかし貰ってみなければ分らないものは計上できないとして(株)育英社としては申告しなかった旨(増田の質問てん末書(甲71))供述しており、しかも、債権放棄書も被告人から頼まれていったんは署名したが、これでは債権があったことを認めたことになるといわれて弁護士と相談して取り消すこととした旨(甲70)供述している。

また、本件に関し増田から事情を聴取した収税官吏高崎健二、同邊見憲二はいずれも、増田が昭和四九年三月期末において被告人に対し一〇〇〇万円を手数料として請求できるということは未だ定っていなかった旨を申し立てていたと公判廷で供述し、右増田の供述に符節している(公判調書中証人高崎健二(第一〇回)、邊見憲二(第一四回)の各供述部分)。

しかも、右上申書は被告人の云われるままに作成したものであり、その日付も約二年を経過した後の昭和五〇年一二月二日付であること(甲19)、本件手数料の支払に関する契約書、念書等が全く作成された形跡がないことや、被告人自身も査察調査の段階において「この一、〇〇〇万円の未払金の計上は、昭和四九年五月頃、郵政省にこの土地が売れるという話があり、転売できた時相当の利益があがるということで、その際支払う約束をしたのです。しかし、昭和四九年三月末時点では、はっきり転売が決ったわけではないので増田に支払う義務は発生しません。この一、〇〇〇万円の支払については増田に対して具体的には話し合いもしていないし、約定書も作っておりません」と供述している(被告人の質問てん末書(乙6、問24)、乙16も同旨)。

これらの事実を被告人の前記当公判廷での供述と対比すれば、被告人の手数料一、〇〇〇万円の支払が決っていた旨の供述は信用できず、前記上申書及び債権放棄書の存在も所論を裏付けるに足りる証拠とはなり得ない。

四、ところで税法上法人の損金となる費用(法人税法二二条三項)は、当該事業年度の終了までに、その債務が確定していることを要するものと解する。右債務の確定とは、当該事業年度中に、当該費用にかかる債務が成立し金額まで確定し、若しくは少なくともその金額が合理的に算出できるものでなければならないものと解すべきところ、叙上認定の事実によれば、被告会社の(株)育英社に対する未払手数料については、本件事業年度末において、未だ債務が確定していなかったものというべきであるから、右金員を損金に算入し得ないので、弁護人の主張は採用するに由ないものといわざるを得ない。

(認定利息・認定報酬について)

一、検察官は被告会社の受取利息のうち、代表者勘定に対する認定利息八三万九、一〇〇円を主張し、右は簿外代表者勘定(貸付金)に対して利息一〇パーセントを認定したものであると述べ、更に、給料手当のうち認定報酬として右簿外代表者勘定に対する同額の利息分をこれに充てた旨主張し、これに対し弁護人はいずれも争っている。

二、この点につき被告人は、当公判廷において被告会社との間で消費貸借を締結したことはなく、また、一割の利息は本件発覚後に国税局の担当官から、貸付金に対する利息支払の大体の標準はこのくらいである旨を告げられたと供述している(第二四回公判調書中の被告人の供述部分)のみで、他に本件全立証によるも右消費貸借契約の存在を認めるに足る証拠はない。

三、検察官の主張は要するに、営利を目的とする法人において無利息で他人に金員を貸付けることはあり得ないとの考え方を前提として立論ともおもわれるが、しかしながら経済的にみて異常不合理であるとの理由で、本来存在しない契約を存在するものと擬制して逋脱所得を算定することは刑事裁判の本質上許されないことは明らかである。

そうすると、右の擬制された契約を前提とする認定報酬もまた認めるに由ないものといわなければならない。

従って、検察官の主張する認定利息、認定報酬はいずれも採用することができない。

(特別損失金六、三〇二万四、六〇〇円の主張について)

一、弁護人は、被告会社が昭和四八年一二月一四日から同四九年三月末までの間、函南町畑毛尻の土地三、一五一・二三坪の売買代金六、三〇二万四、六〇〇円を、(株)サウナ代表取締役増田俊男によって詐欺もしくは横領されたので右金員は回収不能による損金である旨主張し、被告人も右に沿う供述をなしている。

しかしながら当裁判所は、後記のとおり右金員については、被告会社の昭和四九年三月期末においては未だ損金として認容することはできないものと判断した。以下その理由を明らかにする。

二(一)  前掲証拠の標目掲記の関係各証拠に、収税官吏の増田俊男に対する昭和五〇年四月一八日付質問てん末書(甲69)、法務省入国管理局登録課長作成の「出帰国記録照会について(回答)」と題する書面(甲73)、大蔵事務官及川晃作成の検査てん末書(甲103)を総合すれば次の事実が認められる。

すなわち、被告会社は(株)百丹土地からの依頼を受け(株)サウナ(代表者増田俊男)から函南町畑毛尻の土地(七筆・三、一五一坪二三)を取得して(株)百丹土地に右土地を売却すべく計画し、他方(株)サウナ(増田)は、右畑毛尻の土地につき、同土地の所有者である岩城重利、大塚邦夫から買受けて被告会社に転売することとしていたが、増田はその際、右岩城らからの畑毛尻の土地の取得と引換えに、右岩城らに対し、別に青野伝らが共有している平井字谷下の土地(一七筆・三、七八一坪九五)を提供し、これと等面積で交換することを条件(ただし岩城重利に対しては調整金として二〇〇万円を支払うこと)とする合意が同人等との間で成立した。そこで昭和四八年一二月一四日三島市内において関係者が集まり、平井字谷下の土地を(株)サウナ(増田)に、畑毛尻の土地を(株)百丹土地又はその指定する者に所有権を移転する旨高橋秋雄司法書士に対して委託を行った。そして同日、被告会社は、(株)百丹土地から代金を受領した後、(株)サウナ(増田)に対し、土地代金・調整金・礼金の合計五、二三一万九、〇〇〇円を支払った。その際、右平井字谷下の土地の権利証の一部が紛失したとして保証書による所有権移転登記がなされることとなり、登記完了までに数日間を要するとみられていたところ、畑毛尻の土地所有者である岩城、大塚は、自己の土地の登記関係書類を司法書士に交付したにもかかわらず、交換により取得すべき平井字谷下の土地の権利証等の取得ができなかったために不安を抱き、翌一五日頃、司法書士から権利証の返還を受けた。その後、同月二六日に、平井字谷下の土地につき増田に対する所有権移転登記が行われたが、畑毛尻の土地の権利証が岩城、大塚に返還されていたため、右畑毛尻の土地の所有権移登記は行われなかった。翌四九年一月中旬頃、岩城、大塚は平井字谷下の土地の現地を初めて視察したところ、山中の傾斜地であって代替地としては不適当であると考え、等面積交換を拒否し、高額の差額金又は全額現金を増田に要求するに至り、遂に畑毛尻の土地の所有権移転登記が困難となった。しかも、増田が購入した平井字谷下の土地も面積が公簿より狭少であるとか境界が異なるなどのトラブルがあり、そのため他への転売も思うようにいかなかった。そのため本件土地未納分に対する延滞金利に関する金銭借用証書を差入れたが、四九年五月頃に至るや右事項についての解決が益々困難となり、同月二日代替地の平井字谷下の土地に関し被告会社の一、〇〇〇万円の利益を確保させる保証として同額の小切手を振出し、右土地の所有権移転と同時にこれを決済する旨の「証」と題する書面を作成して被告会社に交付したり、同月三一日以後、増田は谷戸豊所有の土地二筆、辻寛所有の土地一筆、平井字谷下の土地、大洞山の土地の六分の一の持分を被告会社に弁済し、その土地を被告会社は(株)百丹土地に代物弁済した。なお、被告会社は別途(株)育英社に対し四九年四月一五日に四〇〇万円を貸付けたところ、同年七月一三日に三〇〇万円、同年一〇月三一日に一〇〇万円の各返済を受けており、増田において最後に本邦を出国したのは昭和五一年四月一七日であり、また被告会社の関与税理士丹羽忠明は昭和四九年三月期の決算期前に、被告人から増田による詐欺又は横領の被害にあったとか、増田に対し多額の債権が回収不能になった旨の話は聞いていない旨供述しており、被告会社の昭和四九年三月期修正申告書(符108)によっても、増田に対する回収不能による損金が何ら計上されていず、考慮されていなかった。

以上の事実が認められる。

(二)  右認定に反する被告人の供述は増田の供述と対比し信用できないし、被告人が増田を詐欺罪で新宿警察署に告訴した事実ないしこれに関連する上申書の存在は認められるが、右告訴の日時は昭和五二年夏ころで、当時より既に三年を経過した後のものであり、また関係人等の供述によれば、それは増田に対する債権取立の手段として利用したものであって、本件公判対策のためとも推認し得る。

なお、弁護人は、増田が渡米し、同国において有罪判決を受けて服役していること、増田の経営する(株)育英社や(株)サウナが全く確定申告をしていなかったこと、後に提出したとみられる法人税申告書が極めて杜撰で不正確であることを以って、その供述は信憑性がない旨主張するが、しかしながら、増田の供述は、前記岩城、大塚の各供述と対比すれば大筋において符節しており、しかも、前示のとおり本件の昭和四八年一二月一四日に本件金員の授受がなされた後においても被告人と取引が継続されて種々の連絡交渉のあったこと等を勘案すれば、増田の前記供述は右認定の限度で信用することができる。

三、右の事実に照らせば、本件は売主たる増田において売買の目的物を被告会社に対し引渡すことが出来なくなったため既に受領した金員の返還という民事上の債務の不履行の問題にとどまるというべきであり、増田俊男において被告人を欺罔して金員を騙取したものとは到底認められないし、また、土地の売買代金についても増田俊男において委託の趣旨に反し領得したものとは認められない。されば、税法上は、本件の昭和四九年三月期末において増田から右金員の回収が可能であったか否かの観点からのみ損金算入の有無を判断すべきものと解するのを相当とする。

四、そうすると、前記各事実を総合すれば、被告会社の昭和四九年三月期末において、増田から回収できないことが客観的に確定していたとは到底いい難く、被告会社においても右債権の放棄をせず増田から右金員を回収する意図をもち、その後においても叙上認定の如く一部回収しており、従って、増田に対する右債権が存続している以上、回収不能の貸倒金として損金に算入することはできないといわねばならない。

(土地譲渡益重課税について)

一、弁護人は、被告会社が昭和四八年三月二日百丹土地との間で函南地区の土地約一〇万坪を坪単価一万三、〇〇〇円乃至一万五、〇〇〇円、上限を二万円とする土地売買契約を口頭で締結し、その範囲を公図によって特定して、同日百丹土地から手付金二、五〇〇万円のうち五〇〇万円を、同年三月一二日に残金二、〇〇〇万円をそれぞれ受取った。被告会社は、百丹土地との間の右基本契約に基づき函南地区の地主との具体的な買収に入ったが、この買収の見込みについては、右基本契約以前から凡ての調査を経ていたもので、従って、爾後の個別的な売買契約は右基本契約の履行としてなされたものである。そこで昭和四八年四月二一日から施行された土地譲渡益特別課税については、被告人としては、前記基本契約の成立の時期を売買契約成立の時期と考え、右重課税の申告をしなかったものである旨主張し、被告人も右に沿う供述をする(第一八、一九、二一、二四回各公判調書中の供述部分)。

二、そこで検討するに、公判調書中証人木場嶋男(九回)、同丹羽忠明(六、七、八回)、同黒河重視(一四、一五回)、同中津正昭(一一回)の各供述部分、増田俊男(甲69、70、104)、被告人の各質問てん末書(乙4、9、14)、前掲各公判調書中の被告人の供述部分、函南関係綴(符40)、不動産取引一覧表(玄嶽)一袋(符12)、総勘定元帳(符3、38)、その他関係各証拠を総合すれば、被告会社は昭和四八年三月二日(株)百丹土地との間に本件函南地区の土地約一〇万坪につき、右百丹土地からの依頼を受けて買収するに際しての条件につき種々協議し、買収価格については、標準的には地主から坪当り一万五、〇〇〇円で買収するが、実際の価格は最高二万円の範囲内で個別に確定し、被告会社は右個別売買に際して坪当り五〇〇円の利益を受領することとなり、同日、右百丹土地から着手金として二、五〇〇万円のうち五〇〇万円を、同月一二日に残金二、〇〇〇万円を各受領したこと、四八年三月期の期末には右金員は帳簿上預り金として経理処理し、本件関係の仕入、売上を同帳簿上に計上していなかったこと、前記(株)百丹土地との協議後、被告会社は(株)育英社、(株)サウナ(各代表者増田俊男)を介して買収を始めたが、本件土地分については、(株)百丹土地への引渡しはいずれも昭和四八年四月二一日以後に行われたことが認められる。

右認定に反する売主(株)サウナ、買主被告会社間の昭和四八年三月一二日付売買契約書(符4)、売主被告会社、買主百丹土地間の昭和四八年四月五日付売買契約書(符5)、売主(株)サウナ、買主被告会社間の昭和四八年四月二日付売買契約書(符6)については、被告人自身もその質問てん末書において個別契約終了後遡って作成した事実を認めているうえ(乙9)、増田俊男も右四月二日付売買契約書につき、「昭和四九年一月頃、三同興産の佐藤さんから昭和四八年七月一日以後の土地の譲渡については、土地譲渡税が課税されるから、売買契約書を譲渡税が課税されないよう、契約書の日付をさかのぼり作成するからと持ちかけられました。私は佐藤さんの話をその時聞き土地譲渡税が課税されることを初めて知りました。私はお互いに得になることですから合意しました。」(増田俊男の質問てん末書(甲104)旨供述しており、被告人がいわゆる土地重課税の存在を認識し、同規定を免れる目的で日付を遡及して該文書を作成した事実が認められるので、いずれも契約の日時の点については信用できない。

また、昭和四八年三月一二日付仮契約書(符40)については、百丹土地が金融の必要から作成して銀行に提出したに過ぎないもので本件契約成立日時を示すものではないと認められ、前記認定を左右しない。

三、ところで租税特別措置法第六三条によれば、地価抑制策の一環として、土地譲渡益特別課税の規定が設けられ、同条に関する附則第一条により公布の日である昭和四八年四月二一日以降に譲渡した土地について適用されることとされた。

そこで、前掲認定事実によれば、本件の函南地区の土地については、同条に規定する日時以後に被告会社において取得したうえで(株)百丹土地に譲渡されたものと認められるので、土地譲渡益特別課税の適用を受けるものといわねばならない。

弁護人の所論は、要するに昭和四八年三月二日に基本契約が成立したから同条の適用を受けないというにある。

しかしながら、所論の基本契約なるものが締結されたと称する日時の段階では、未だ以って被告会社においては土地所有者から土地を取得しておらず、単に、同地区の約一〇万坪程度の土地を買収しようとする協議があったにとどまり、また、(株)百丹土地に対し右土地の引渡しもなされてはいない。

四、そもそも税法上、土地譲渡益が生じたというためには、当該土地にかかる譲渡代金を収受するか、あるいは、代金を収受しなくとも右土地を相手方に引渡して代金請求権を取得したことを要すると解すべきところ、本件は被告会社において叙上認定のとおり、未だ地主から当該土地の所有権を取得しておらず、かつ、譲受人たる(株)百丹土地から約一〇万坪の土地買収を依頼され、坪当り一万五、〇〇〇円として計一五億円の買収価額とする旨の大枠としての協議をなし、その着手金として二、五〇〇万円を収受した段階であるから、右金員は、預り金としての性質をもつにとどまり、従って、右段階においては、未だ担税力を認め得る程度にはその利益を享受しておらず、到底土地の譲渡益が生じたということはできないといわねばならない。

よって、昭和四八年四月二一日より前において本件土地の譲渡又は売買がなされたものと認めることはできないので弁護人の所論は採用することができない。

(損益修正について)

一、弁護人は(一)昭和四九年三月期事業年度の被告会社の期首商品三、九九八万八、二九〇円のうち二〇〇万円と五万九、一〇〇円の合計二〇五万九、一〇〇円は全く実体のない記帳誤りであり、(二)同年度の期末商品一〇万円は電柱の負担金であって資産性がなく、また、(三)同事業年度の売上金のうち、中沢建材に対し白馬を売った代金一〇〇万円のうち受取手形五〇万円は回収不能であるため、それぞれ損益修正損とすべきである旨主張する。

二、よって検討するに、(一)期首商品については、弁護人の主張する二〇〇万円と五万九、一〇〇円が被告会社備付けの昭和四八年三月期総勘定元帳(符38)の商品勘定にそれぞれ計上され、同年分の確定申告に際してはたな卸資産として同額を計上しており(昭和四八年三月期確定申告書添付「たな卸資産の内訳書」(符1))、翌昭和四九年の本件事業年度においては、同額を期首商品として計上申告している(昭和四九年三月期確定申告書(符2)、昭和四九年三月期総勘定元帳(符3)の商品勘定欄「前期ヨリ繰越額」)事実が認められ、右によれば、同金額は本件事業年度においては、公表上被告会社の損金勘定として所得を算出しているのであるから、重ねて損金とはならず、また、同金額が仮に実体のない記帳誤りとすれば、かえって被告会社の不利益に認定することとなるため、結局は被告人の利益に、いわゆる「調整勘定」として同額を設けるにとどまるのであるから弁護人の主張は採用するに由ないといわざるを得ない。

次に、(二)期末商品一〇万円については、被告会社の昭和四九年三月期総勘定元帳(符3)商品勘定によれば「湯ケ原電柱工事代」一〇万円の計上は認められるが、弁護人の「立替金」という主張については、同元帳立替金勘定に計上されておらず、被告人も当公判廷において右金員は土地の取得についての共同の負担金であって回収できないものであるとか、当該土地の転売先に請求できなかったものである旨供述している(第二四回、第二七回各公判調書中の被告人の供述部分)ことからすれば、右一〇万円は湯ケ原の土地を取得するための負担として土地の取得原価を構成するものと解するを相当とする。従って、期末たな卸商品として同金額を加算して計上したのは相当であるから弁護人の主張は採用できない。

更に、(三)中沢建材に対する受取手形五〇万円については、前掲昭和四九年三月期総勘定元帳(符3)によれば、同金額につき1/31付期日の受取手形が不渡となった事実は認められるが(昭和四九年三月期総勘定元帳(符3)「受取手形勘定」欄)、しかし、税法上当該債権が回収不能による貸倒損失として損金を構成するためには、当該手形が不渡りとなったからといって手形上の権利ないし利得償還請求権等が存する以上は、不渡という事実があっただけでは足りず、その判断は債務者の全資産保有の状況は勿論のこと、地位、職歴、信用、能力、債務者の事業の将来性その他諸般の情況を総合勘案して当該債権が経済的にみて無価値と評価し得るに足るものかどうかによって決すべきものと解するを相当とする。しかるに被告人は、中沢建材との間に、四八年一一月二六日に、同年一二月七日付と本件の翌四九年一月三一日付を支払期日とする各五〇万円の手形二通を受領したところ、右のうち前者については一二月二五日付で同金額の手形支払を受けていること(符3「受取手形」欄参照)、被告人は別段に中沢建材の資産調査なり自ら債権放棄を行った事跡の窺われないこと(第二四回公判調書中の被告人の供述部分)、被告会社においても不渡となった日時より四ケ月後の昭和四九年五月三一日の確定申告においても、同申告書添付の貸倒損失を計上せずその内訳書欄は空白であって何ら貸倒経理処理をしていなかったこと(符2確定申告書添付の「貸倒損失の内訳書」)等からみれば、右不渡手形五〇万円については、本件事業年度において、経済的に無価値であるとして貸倒損失を容認することはできない。よって弁護人の主張は採用できないといわざるを得ない。

三、以上損益修正にかかる弁護人の主張はすべて採用できない。

(昭和四八年三月期の繰越欠損金について)

一、弁護人は、東宝開発興業(株)において、大徳興産(株)から昭和四七年一〇月一九日に五〇〇万円、同年一〇月二五日に三、五〇〇万円の合計四、〇〇〇万円の示談金を受領したところ、右のうち三、二〇〇万円を何等右示談処理と関係のない被告会社の売上金として誤って計上し、被告会社の昭和四八年三月期決算の処理をしている。従って、同年度の売上高から右三、二〇〇万円を減額控除すべきである。これに従って、仕入原価に計上した弁護士手数料等も減額し、さらに架空の未払金として計上した勝間勝に対する五〇〇万円、井上昶に対する五〇〇万円、(株)エンタープライズ・エイ・アイに対する一〇〇万円の合計一、一〇〇万円は減額しなければならず、そうすると、被告会社の昭和四八年三月期の事業年度における正当な所得は金七八四万七、四五五円の欠損金となる。ところで被告会社は、当時青色申告書による提出の承認を受けていたので、これと、その前期である第一期(昭和四七年三月期)の繰越欠損金八〇万一、四七六円とを併せ合計八六四万八、九三一円は欠損金として次期に繰越できるから、右金額を本事業年度から控除すべきである旨主張する。

二、そこで検討するに、被告人は当公判廷において右に沿う供述をなし(第一八回公判調書中の被告人の供述部分、同旨被告人の質問てん末書(乙6問一九))、大徳興産(株)と東宝開発興業(株)外二者間の昭和四七年一〇月一九日付契約書・上申書(甲47)によれば、右大徳興産(株)から収益を受ける者は十国興産(株)、東宝開発興業(株)及び佐藤成雄個人であるが、終局的には右金員を右東宝開発(株)において取得すべきものとされていた旨記載され、一応は被告人の供述に沿う証拠が存在するように窺われなくもない。仮にそうだとすれば、被告会社の昭和四八年三月期の売上高には、右三、二〇〇万円が算入されているので右金額及び関連仕入金額を控除すべきことになる(昭和四八年三月期法人税確定申告書(符1)、同事業年度総勘定元帳(第二期)(符38))。

三、しかしながら、被告人は、右三、二〇〇万円を被告会社の売上に計上し、確定申告したことにつき「蘭越の土地について解決のメドがつきましたが、その時点で私はその取引を三同興産が行ったものとして処理をしようと考えました。東宝開発は十国興業の残務整理のための会社であり、この時点でいわばその使命も完結しており、一方三同興産はこれから発展させようと考えていた会社で三同興産の業績を大きくすることが、同社のその後の発展のために有益であると考えたからであります。」と供述していること(被告人の昭和五二年五月四日付供述調書第八項(乙11)、右金員が被告会社の収益に計上された後に同金員が同社のために支出されていると窺われること(総勘定元帳(符38))、また、「仕入」についても、弁護士に対し支払った手数料六〇〇万円が、いずれも、東京地裁民事部に係属している原告日本化学企業株式会社対被告十国興業株式会社間の民事事件であって、被告会社とは本来関係のない筈であるのに被告会社から支払われていること(領収証等一綴(符13)のうち浅見昭一弁護士外二名にかかる領収証)の各事実に、被告会社においても自ら昭和四八年三月期の確定申告において、同社の収益として同金額を計上して申告している事実を併せ考えれば、本件三、二〇〇万円は、将来、被告会社をして事業を発展させるために、前記十国興業(株)や東宝開発興業(株)と代表取締役を共通にしている被告人において、被告会社に対し現金を贈与し、かつそれに伴い費用をも負担させたものであって、そのために右東宝開発興業(株)の損金も負担させたものと推認することができる。

そうだとすれば、右三、二〇〇万円は被告会社の収益となるので益金に算入するのが相当であり、また、仕入原価に算入し計上した弁護士手数料等も相当であるということになる。

右認定に反する前記被告人の供述については、被告人自身が査察官に対し「昭和四八年三月期の利益が予想外に出たので、この利益を繰りのべるために井上や勝間との間に支払う積りもないのに約定書を作成した。」と供述していること(被告人の質問てん末書(乙2)問三)と対比すれば、昭和四九年三月期の本件事業年度にかかる所得を圧縮させるために、ことさら前年度の繰越欠損金が存在する旨を持ち出した後日の弁疏に過ぎないということができるので信用できない。

なお関係各証拠によれば、未払金(支払手数料)として計上した勝間勝外二名に対する合計一、一〇〇万円にかかる雑収入については、右手数料が架空であることは認められるが、本件公訴事実は、既に検察官において「雑収入減」として逋脱額から同額を減算していることが明らかであるから、この点に誤りはない。

四、ところで、弁護人は、昭和四八年三月期の修正損益の計算に際し前期である昭和四七年三月期の繰越欠損金八〇万一、四七六円の存在をも主張するが、同四七年三月期においては被告会社はいわゆる白色申告をしていて青色申告書による提出の承認を受けていなかったのであるから(青色申告書提出の承認申請書(符66))、青色申告書である確定申告書が提出した法人に限って適用される繰越欠損金の規定(法人税法五七条)は被告会社には適用されない。従って、弁護人の主張はその前提を誤っているといわねばならない。

五、その他本件全立証によるも昭和四八年三月期における被告会社の所得が欠損となる事由が存在したことは窺われない。

以上のとおりであるから弁護人の繰越欠損金の主張は採用できない。

(本件は顧問税理士の杜撰な会計処理と誤った税務指導に起因するので不能犯である旨の主張について)

一、弁護人は被告人が簿記会計については全くの素人のため、顧問税理士に被告会社の経理を依頼したが、同税理士が経験未熟により杜撰で誤った決算の指導をなし、そのため被告会社の不正な会計処理をして辻褄を合せていたのであって、若し、正当な会計処理をしていたならば、本件の不正な会計処理は全く必要がなかったのである。従って、税務決算を全体的にみるならば、被告人の各不正行為は不能犯というべく脱税の結果のない本件においては因果関係を欠く旨主張する(弁論要旨第三)。

二、よって検討するに、叙上認定のとおり、被告会社の昭和四八年三月期の事業年度においても所得が生じており欠損ではなかったことが認められるので本件事業年度において逋脱の結果が生じなかったとする所論はその前提を欠く。

三、また、当時の顧問税理士である丹羽忠明も被告会社の本件事業年度の法人税確定申告処理につき、「社長である被告人の了解を得て決算を組んでいるわけであるから、途中の経過はいろいろなことがあるとしても末では押えているので不正確とはいえない。」旨供述するとともに、税務指導についても、同人は課税されると判断し社長である被告人に告げたが、最終的な決算を組んで申告するのは会社であって、社長の最終的な判断で処理した、申告書の作成に際し説得はするが、最後は社長が決定する旨供述している(第八回公判調書中の証人丹羽忠明の供述部分)事実が認められる。

四、おもうに申告納税制度のもとでは、納税義務者はすべて自己の責任においてその義務を果すべく、仮に関与した税理士において適切な決算指導がなされ、正当な会計処理をしていれば税を逋脱する行為に及ぶ必要はなかったとしても、そのことの故をもって被告人の刑責を免れる何等の理由とはなり得ず、そのことは逋脱の意思を発生せしめるための縁由たるにとどまり、単なる動機に過ぎず、右動機の如何は本件犯罪の成否には何等影響しない。しかのみならず叙上認定のとおり、本件は資格を有する税理士から概ね適切な税務指導を受けながら自己の責任において逋脱の目的で過少の申告書を提出した事実が認められるのであるから、弁護人の主張は採用するに由ないといわざるを得ない。

(逋脱所得額の算定)

叙上のとおり、各争点に対する弁護人の所論はすべて理由なきに帰する。なお、検察官の主張する認定利息・認定報酬は、叙上説示のとおりいずれも認めることができないが、それは修正損益計算書上の当期増減金額欄の借方、貸方の双方につき同額を控除することとなるので、本件逋脱税額の算定の結論に影響はない。

以上によれば逋脱所得金額、逋脱税額は別紙(一)修正損益計算書及び同(二)税額計算書のとおりである。

(法令の適用)

1  罰条

(一)  被告会社につき、昭和五六年法律第五四号による改正前の法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項

(二)  被告人佐藤成雄につき、行為時において右改正前の法人税法一五九条一項、裁判時において改正後の法人税法一五九条一項(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

2  刑種の選択

被告人佐藤成雄につき、懲役刑選択

3  刑の執行猶予

被告人佐藤成雄につき、情状により刑法二五条一項

4  訴訟費用の負担

被告人らにつき、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 園部秀穗 裁判官松澤智は退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官 小泉祐康)

別紙(一)

修正損益計算書

三同興産株式会社

自 昭和48年4月1日

至 昭和49年3月31日

〈省略〉

別紙(二)

税額計算書

三同興産株式会社

自 昭和48年4月1日

至 昭和49年3月31日

〈省略〉

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